トルコを好きにならずにいられない

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欧州で史上最も繁栄した都市トルコのイスタンブール。





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Source of the image: オスマン帝国外伝


実に500年近くもオスマン帝国の首都として栄えました。






昭和を代表する歌謡曲「飛んでイスタンブール」を思い浮かべる方も多いのではないでしょうか。


いやいやちょっと古すぎますね。


ちなみに1978年に大ヒットした曲ですが、僕も当時の記憶は無く大人になってから知りました。






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イスタンブールのアタテュルク国際空港にあるターキッシュ エアラインズ(2014年まで日本語社名はトルコ航空)のビジネスクラスラウンジは現時点で間違いなく世界一です。


広さだけではなく、設備や料理の質、どれをとってもずば抜けています。


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世界で最も権威のあるスカイトラックス社の「World Airlines Awards」ビジネスクラスラウンジ食事部門で、堂々の世界1位の座もゲットしています。


公私ともにこのラウンジを利用していますが、いつももう少し居たいと名残惜しい気持ちになるほど好きな場所です。


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こんなラウンジが日本にもあるといいですね。






さて、トルコは日本の2倍の国土を持ち、約8,000万人の人口構成は若年層が多く占めています。


今後貿易の拡大だけではなく、内需も拡大していくことが期待されています。


黒海、エーゲ海、地中海に囲まれたトルコは、欧州とアジアの接点に位置し、地政学的に東洋と西洋の懸け橋となっています。


ヨーロッパ、アジア、中東、アフリカに近接していることから、トルコ人は目や髪の色などが本当に様々です。


国民の大部分がイスラム教徒ですが、歴史的にはキリスト教布教の地としても有名です。


イスタンブールにあるアヤ・ソフィアは、イスラム教の尖塔が増築されモスクとなりましたが、もともとは東ローマ帝国時代にキリスト教の大聖堂として建てられたものです。


トルコはイスラム教徒の国ですが、キリスト教の遺産と調和した社会を築いています。


キリスト教国である欧州諸国とイスラム諸国の間に立ち、宗教的に極めて重要な役割を果たしています。






よくトルコ語と日本語は似てるという方がいます。


確かにトルコ語は、日本語と語順がよく似ています。


従って単語を覚えればそれなりに会話が成立します。


ただそれ以外の共通点はあまりありませんので、簡単にトルコ語を習得できるわけではありません。


また、トルコで英語が通じると断言する方が多いですが、実際はほとんど通用しません。


観光地や都市部では比較的通用しますが、全く英語が話せない方も多くいます。






トルコは世界一の親日国としても有名です。


その理由として4つ挙げてみました。




1. エルトゥールル号遭難事件


1890年トルコへの帰途、エルトゥールル号は和歌山県沖で強風と高波に遭遇、岩礁に激突し約600名以上の人が海に投げ出されました。


現在の串本町の住民が総出で救助し、非常食や衣類を提供し献身的な介抱をしました。


そしてその結果69名の人が生還し母国に帰ることができたのです。



2. 日露戦争での日本の勝利


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大国ロシアにアジアの小国である日本が勝てるわけがないというのが世界各国の大方の見方でした。


しかし、東郷平八郎率いる連合艦隊がロシア艦隊を撃沈し一方的な勝利となりました。


トルコはロシアからの圧力や脅威にいつも怯えていましたので、この日本勝利の快挙に歓喜し大いに感銘を受けました。


東郷はトルコで人気を博し、当時子供の名前をトーゴーにする人が続出したほどです。



3.  日本のアニメが人気


トルコでは多くの人が日本のアニメを見て育っていることから、日本に対して親近感を持っています。


1970年代に一世風靡したアニメ「キャンディ・キャンディ」については、主題歌を日本語で歌える方もいます。


この影響で日本語の簡単な数字なども広く浸透しています。



4.  トルコ大地震での日本の支援


1999年のトルコ大地震では、トルコ総人口の約2割もの人が被災しました。


壊滅的な被害を受けたとき、日本からの強力な支援によって、国の再建が出来たことは皆記憶に残っています。






トルコは日本からただ支援を受けているだけではなく、日本への恩返しも果たしています。


東日本大震災の時に、どの国よりも早く支援に駆け付けたのはトルコのレスキュー隊でした。




そして史上最も劇的だったトルコの支援があります。




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1985年3月イラクのサダム・フセインは、イラン・イラク戦争終戦までの間イラン上空を飛ぶ民間航空機も撃墜すると宣言したのです。


激化する戦争、空爆の中、駐在員とその家族などが空港に必死に急ぎました。


出国まで猶予が無かったからです。


しかし外国の航空会社は自国民救出を優先し、航空チケットを持っていた日本人の搭乗を拒否しました。




日本政府は航空自衛隊機による救援は違憲となるため派遣出来ず、唯一国際線を運航していた日本航空も、航行安全の保証がされない限り派遣出来きないとの見解を示しました。


その結果、215名の日本人がイランに取り残されてしまいました。


その時トルコは極めて大きなリスクを覚悟で、トルコ航空の旅客機を派遣することで、日本人全員を退避させる決断をしました。


空襲警報が激しく鳴り続ける空港に2機のトルコ航空機が着陸し、2機目が給油を終え離陸したのは午後7時30分でした。


それは撃墜開始のタイムリミットまであと1時間ほどというギリギリのタイミングでした。


実は、取り残されたトルコの自国民約500名はこの救助機には乗れず、陸路でイランを脱出しました。


この危機的な状況で、自国民より日本人救出を優先したのです。




トルコ大使の言葉が感動的です。


「あの時の恩を返す時が来た。」


そうです、エルトゥールル号遭難事件の恩返しをする日が来たということです。




それから10年以上経ってから、空港に取り残された215名の中の1人と仕事をする機会がありました。


日本政府に見放され絶望的な気持ちで落ち込む中、トルコの支援によって急転直下し無事帰国することができたそうです。






トルコは観光地としても魅力的な国です。


昨今よく使われる「美しすぎる○○」ですが、トルコは心底美しすぎます。


初めてのトルコなら、最初に訪れるべき地はイスタンブールです。


僕がイスタンブールで撮ったいくつかの写真をご紹介します。


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曇り空のモスクも重厚感たっぷりで迫力があります。





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街中の至る所に人懐っこい猫がいるのが特徴です。





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たまたまCMの撮影に遭遇しました。





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荘厳な建築物に目を奪われます。





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最先端でお洒落なバーも数多くあり、ナイトライフも充実しています。





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とても素敵なカップルですね。


今のトルコを象徴するようなファッションです。





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テオドシウスの城壁の南端に位置する要塞イエディクレと、その頂きから見た景色です。


イスタンブールの歴史を守り抜いた、世界遺産にも登録されている難攻不落の城壁です。





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オリエントエクスプレスと聞くだけで、古き良き憧れのパリを想像します。


スィルケジ駅は、超豪華列車オリエントエクスプレスの終着駅です。


ヨーロッパの貴族や上流階級の多くが使ったその駅が、今も当時の面影を色濃く残しています。





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イスタンブールは、どの景色を切り取っても絵になります。


それほど美しい街です。






トルコが親日国だということを知らない日本人も少なくありません。


これを機会にぜひトルコに興味を持っていただければ幸いです。







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